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バルトーク/ピアノ協奏曲第3番(N響定期演奏会) [音楽]

 ピアノ独奏の「ルーマニア民俗舞曲」しか知らなかった中学生の私にとって、この曲は初めて聴く「バルトークのオーケストラ曲」で、FM放送を録音したカセットテープを何度も聴き返した。同時に、東ヨーロッパに関心をもつきっかけになった曲でもある。トーマスクックのコンチネンタルタイムテーブル(当時)の終わり近くに、わずかに東ヨーロッパのページがあって、索引地図は全体で1枚、極端に本数の少ない列車を見て、ワルシャワやクラクフ、ピルゼンやブラチスラバといった町へ行くことを夢想していたのはもう20年以上も前のことになる。いまでも頭のなかでは、当時の手書きのような索引地図の視覚と、第3楽章のリズム(1拍目が強い、ハンガリー風のリズム)の聴覚が結びついている。

 この曲が完成する前にバルトークは亡くなってしまったので、最後の17小節のオーケストレーションは弟子が行ったそうだけれども、白血病で死を目前にした彼がこの曲を作曲しようとしたのは、ピアニストである妻の演奏活動のため,つまり自分の死後妻が生計をたてていくためと言われている。確かにこの曲は平明でわかりやすく、親しみのある旋律満載だが、それがなぜ特異かといえば、第1番と第2番のピアノ協奏曲には、ほとんど旋律らしきものがないのに、この第3番だけがロマン派に先祖返りしたような親しみやすさをもっているからだ。バルトークという人は途方もなくわがままで、周囲の人々の好意に罵声で応えるようなところがあったらしい(ファセット「バルトーク晩年の悲劇」野水瑞穂訳 みすず書房)が、それほど狷介な彼が、死の床でそういう意図からピアノ協奏曲を書いたという事実が泣かせる。


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