SSブログ

松岡享子『子どもと本』(岩波新書、2015) [本と雑誌]

  20210122.jpg

「こういう志をもった人には、不思議とこういう出会いがあるのですね」「紆余曲折があっても、やはりこういう志をもった人はそういう場所にたどり着くのですね」という相矛盾するふたつの感想が同時に浮かぶ。戦中戦後のエピソードがどれも、エッジが立っているというか、この人にしてこのエピソードありという感じなのだ。

 ああそうか、言われてみればその通りだと感心したのは、読み聞かせることと、自分で文字を追って読むことは、いわば別のことがらであって、自分で文字が読めるようになったとしても、子どもがいやがるようになるまでは読み聞かせる意味があるのだ、というくだり。くわしくは本書79-86頁を。

 
nice!(0)  コメント(0) 

第152回深夜句会(1/14) [俳句]

20210127.jpg

(選句用紙から)

⽩⿃のうなじに⼟に⾊わづか

⽩⿃の⽩さを詠んだ句はいくらでもあるだろうけど、細く⻑いその頸に、わずかに⼟の⾊が混じっているという観察。いまいる場所の泥⽔に由来するのか、それ以外の何かに由来するのかはわからないが、美しい⽩⿃も、ぬいぐるみのような作り物でなく、野⽣の動物であるという当たり前のことを思い出させてくれる。

室外機に吹かれつ放し冬薔薇

植物園やビルの庭園ではなく、⼀軒家の庭先とか⼩さな事務所のわずかな緑地に薔薇が植えられているのだろう。薔薇が先なのか室外機が先なのかはともかく、せっかく植えた薔薇が咲いたのに、⼀⽇中エアコンの室外機から吐き出される⾵に吹かれている気の毒な⾵景。しかし、そのわずかな場所であっても、なんとか花を咲かせようという植えた⼈の気持ちも感じられ、それも今時の冬薔薇のひとつの姿なのだろうと感じられる。

⽼⼈ホームぽつんと建ちし冬⽥かな

「建ちし」なのか「ありし」なのか、前者ならこのところ新たに建てられた、というニュアンスだし、後者なら、いつからか知らないがそこにある、となる。また、「ぽつんと」には検討の余地がありそう。
にもかかわらずこの句に惹かれるのは、⽼⼈ホームで暮らしたり働いたりしている⼈たちからも、同じ冬⽥が⾒えているだろうからで、その⼈たちはこの冬⽥をどのように⾒ていのだろうか、という想像を喚起するからだ。ある⼈にとっては、⾃分がずっと農業を営んできた場所だろうし、別のある⼈にとっては、住みなれた場所を遠く離れた、どこであるかももうよく判らないところなのかもしれない。冬⽥のなかに⽼⼈ホームだけが「ぽつんと」あることが、そこで期限を定めることなく暮らしている⼈々の視点を浮かび上がらせているように思う。

とまりたるレールに写り寒鴉

カラスが線路に下りて、レールの上にとまっている。通過する列⾞でなにかを砕いて⾷べたりしているのだろうか。そのカラスが、ぴかぴかしたレールに写っているという。⼀年中⽌まっているかもしれないが、厳寒のいま、冷え切って青空を映して青く光っているレールにとまっているカラスも、また冷たく感じられる。


(句帳から)

枯蔦やここまで伸びて力尽き
訪はん暖炉しつらへしと聞けば
大年の吉野家昼の酒すこし


nice!(0)  コメント(0) 

追悼・安野光雅さん [本と雑誌]

「こどものとも」で読んだ『さーかす』『ふしぎなえ』に始まり、大人になってからは『旅の絵本』を楽しませていただいた身としては、大変残念。
絵本だけでなく、「暮しの手帖」に連載されていた随筆(タイトルを失念した)は、この方の剛毅な一面を理解するのに十分なもので、もう新しい文章が読めないことが、重ねて残念。

 
nice!(0)  コメント(0) 

吉玉サキ『山小屋ガールの癒されない日々』(平凡社、2019) [本と雑誌]

20201123.jpg

腰巻きには「山の上での想定外の日常」とあるけど、むしろ「山の上にも、下界と同じようなあれこれがある。しかし山の上であるがゆえに、それが違った現れかたをしたり、違った趣きをともなってくる」のがこの本の面白いところではないかと。長すぎて腰巻きには書けないが。
あなたの知らない山小屋のヒミツ教えます、的な本だったらどこにでもあるし、「ふーん」で終わりなのだろうけど、山小屋で働いている人たちにも自分(たち)と同様の喜怒哀楽があることを知って、読者はさまざまに考え、また共感するのではないだろうか。

この特長をもう少しくどく言えば、下界にいろいろな人がいるのと同じように、山の上にもいろいろな人がいるということ、また、この作者の視点が、マウンティングや値踏みから距離をおいたところにあって(そのような視点は、誰にでも備わっているものではない)、それがこの描写を納得感のあるものにしているように思う。さっと読める割に深い味わいのある一冊。

 
 
nice!(0)  コメント(0) 

『黒と白のはざま』(ロバート・ベイリー/吉野弘人訳、小学館文庫、2020) [本と雑誌]

20201207.jpg

第2作も文句なく楽しめる…というか、展開がうっすら予想できても、法廷シーンは手に汗握るものがある。これは判事・検察官・弁護人の三者いずれの言動もきちんと書き込まれ、読者の脳内に三者がくっきりと再生されているからだと思われ、法律家が書いた小説ならではと思う。

他方で、裁判とその直後のあれこれがよくできているだけに、その後に(最後に)起こるできごとは、うーんこういう決着の付け方しかないのかしらと思わせる。もう少し言えば、前作で感じた、「やたらと人が死ぬ」という点が相変わらずであることに加えて、法律家がこれだけ何人も出てきて、それでなお、この決着の付け方なのかしら、という点。

でも、第3作が出たらぜひ訳してほしく、即買い決定であることに変わりはないのだけど。
…と書きながらウェブを漁っていたら、1月4日に第3作『ラスト・トライアル』が発売とのこと。これは買わねば。でも、「ラスト」トライアルということは、第3作で終わってしまうのか?

 

nice!(0)  コメント(0) 

『精選版 日本国語大辞典』iOS版(小学館/物書堂) [本と雑誌]

20201219.png

電子書籍は買わないし、端末も持っていないのだけど、スマホに入れてつかう辞書に限っては、これこそ辞書本来の姿だと言い切ってもいい。というか、紙では事実上できなかったことがこれで可能になるわけで。
いつでもどこでも検索できるから、ふと思い浮かんだことば、気になったことばを、その都度検索できる。その便利なことといったら。辞書はひいてナンボなので、購入するときには随分高価だなあと思ったけれど、1年もしないうちに元が取れた感じ(履歴をみると、ずいぶんたくさんの言葉を検索している)。

内容についていうと、語釈のよしあしを論じる知識はない(あるわけない)のだけど、用例、それも最近の用例でなく古い用例を示してくれるのがとてもありがたい。明治時代につくられた言葉なのか、日葡辞書に載っている言葉なのか、それとも上代から使われている言葉なのか、それがわかるだけでも価値がある(こういうところは、OEDに通じるものがある)

nice!(0)  コメント(0)