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ポール・セロー/北田絵里子・下村純子訳『ダークスター・サファリ』(英治出版、2012)【ネタバレ注意】 [本と雑誌]

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この分厚さを見てほしい。キッチンスケールで量ると、740gもある。

内容も重厚。セローの小説を読んだことがないが、旅行記はこれまでどれも文句なく読みごたえのあるものだった。新刊が出たら迷わず買う作家の一人である。全作品が翻訳されて当然だと思うのだが、なぜか日本では、出るたびに版元が違うという冷遇ぶりで、合点がいかない。早く買わないといつ品切れになってしまうかわからないので、2012年1月の発売と同時に買い、2013年の大試験終了後に読み始め、年末にようやく読み終えることができた。

カイロからケープタウンまで陸路で旅する。その間に出会う人々と、さまざまなことを話す。その相手は列車に乗り合わせた客であったり、フェリーの船長だったり、その国に駐在する米国大使だったりさまざまだが、ともかく人に会って話をすることを繰り返していく。それも、「人情味あふれる会話」のようなレベルでなく、自分のアフリカでの経験に端を発する「アフリカはなぜこうなのか?」という本質に迫っていく会話だ。その問題意識は、前作『ポール・セローの大地中海旅行』より一層研ぎ澄まされている。しかしいったい何人出てくるのか。せっかくだから、実際に話した相手(名前が明らかな相手)を全部数えてみよう。(→次の記事で)

控えめに書かれているけれども、アフリカ大陸縦断(Cairo to Cape)は旅の技術として容易ではない。さらにそのなかでも、セローが選んでいるルートは困難なものである。特にエチオピアからケニアまでの区間、そしてマラウイ南部から水路モザンビークを経てジンバブエに入るまでの区間は、自分の実力では無理だ。高齢のセローがこのルートを選んでいることに驚く。

それはともかく、かつてセローが赴任していた二つの国(マラウイとウガンダ)の現状の対比のなかに、セローの辛辣だが前向きな問題意識が明確に示されている。これでもかと次々繰り出される眼前の事実に圧倒されることなく、セローは考え続けている。その違いを分けるものは何か、という核心部分については、ぜひ本書を読んでほしい。異論反論は多くあろうし、アジア人として別の視点を提起したいなぁと思う部分もあるが、頭の中の思いこみから演繹的に結論を導くのでなく、多少なりとも眼前の事実から考えたことである点が、説得力を増している。ナイポールの作品の主調となるメンタリティについてのセローの捉え方と、そのセローの捉え方についてのゴーディマの反駁は、本書の読みどころのひとつともいえる。また、そのやりとりを隠さずに書いていること自体、セローが視点を相対化できていることの裏付けである(最後の最後に、ナイポールの名がもう一度、ひょいと現れるのが面白い)。

また、他の作品に引続いてこの作品を読んだことで気付いた点として、故郷ことに欧米を遠く離れて、1人で暮らし、そのまま埋もれていく人々が折に触れて描かれていることがある。これは、初期の『鉄道大バザール』以来セローの作品に共通するテーマで、それらの作品を読んでいたときには気付かなかったが、村上春樹風にいえば、これがセローにとっての「水脈」であるように思える。

この点に関連して、こうやって多くの人と話しながら、セローがどうでもいいおしゃべりをうとましく感じ、「異なる意見を参照しながらも自ら考えを掘り下げていく」ような人に惹かれていることは明らかだ。アフリカの不便な村で暮らしながら、何も考えていない奴とみなされると、47人目の登場人物であるダイスケ・オオバヤシ氏のように罵倒されることになるのだろう(ちょっと気の毒ではある)。

ところで、イギリス好きの方なら思い出すだろうが、モンティ・パイソンのメンバーだったマイケル・ペイリンの「Pole to Pole」もこれに近いルートを通ってアフリカを縦断している。こちらはBBCの紀行番組のための旅なので、一か所に長逗留してはいられないし、ディレクターやカメラマンも同行しているのだけれど、しかしマイケル・ペイリンはちょっとした会話で相手の懐に入り込む天才なので、これはこれで、アフリカの一面をよくえぐり出している。DVDと比較しながら本書を読むのも楽しい(DVD(PALだけど)はBBCのウェブサイトで購入できる)。

どなたにもお勧めできる一冊だが、19世紀から20世紀にかけてのアフリカ各国の歴史や関連する文芸作品を簡単にさらっておくと、より楽しめるのではないだろうか。読み終えたら、次は『ゴースト・トレインは東の星へ』が待っている。

 
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