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10人のその後 [雑感]

頼まれて昔の国会議事録を参照していたら,こういう質疑に気づいた。

1980年(昭和55年)3月26日の衆議院内閣委員会で,「在外公館の名称及び位置並びに在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第17号)」に関する質疑が行われているのだが,そのごく一部。

※用語の一部に,今日的にはちょっとどうかと思うものがあるが,そういう議事が行われているわけなので,そのまま引用する。

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(以下委員会議事録より引用)

○上原康助委員 
 それで、これまでもしばしばこの在外公館の問題については本委員会で取り上げられてきたわけですが、特に、国際的といいますか、紛争が不幸にして起きている地域の在外公館のセキュリティー問題あるいはその国、地域に駐在をしている邦人の安全確保の問題等は、これまでもたびたび議論もされてきたことですが、目下アフガニスタンあるいはイラン、パキスタン等の在外公館の職員の安全性、加えて邦人の安全性についてはどうなっているのか、そこらのところを少し御説明をいただきたいと思います。

○塚本政府委員(外務大臣官房領事移住部長)
 お答え申し上げます。
 わが方の大使館、公館員を含めまして在留邦人の保護及び安全確保は、わが方の大使館、総領事館、在外公館を挙げて重要任務の一つであることは申すまでもないことでございまして、わけてイラン、アフガンあるいはパキスタンのごとき情勢不安の地におきましては、在外公館といたしましてはっとに在留邦人の実態の把握を十分にきわめておりまして、これの連絡網を整備したり、あるいは緊急の場合における避難経路を策定する等、その安全確保に十全なる準備をしているわけでございます。
 特に、イランにつきましては御案内のとおりの情勢変化を踏まえまして、旧臘十二月二十七日に一応在留邦人の引き揚げ勧奨を行いました。引き続き事態の進展に伴いまして一月十六日、さらに強い勧奨を行いました結果、昨秋ピーク時には三千数百名の在留邦人がおりましたイランにおきましては、主として婦女子及び不要不急者の帰国に伴いまして、現段階では八百七十一名、同様な意味合いにおきましてアフガニスタンにつきましては、二月の二十八日に引き揚げ勧告を行いました結果、これはイランとは事態が違いまして、十九名程度の在留邦人しかおりません。
 パキスタンにつきましては格別なる措置はとっておりませんけれども、現在までのところ三百七十一名の在留邦人がおりまして、これら三公館地域とも事態の進展にもかかわらず、幸いにして在留邦人側に対する不慮の事故等も報告に接しておりません。したがいまして、全員無事であるということを御報告申し上げます。

○上原委員 
 在外公館の職員はもとよりですが、そういう情勢不安といいますか紛争地域に駐在をしている邦人の安全確保の問題については、なお特段の御配慮を払うべきかと思います。
 そこで加えて、現在アフガニスタンの大使館といいますか在外公館の機能は停止をしているわけですね。どうなっているわけですか。そのあたりはたしか大使も帰還をしたのじゃないかと思うのです。そういう意味で後ほど少しお尋ねしたいと思うのですが、アフガニスタンの情勢の関係もあるのですが、今後どのように在外公館の機能回復あるいはいろんな情勢把握を政府としてはやっていかれようとするのか、そこら辺についてちょっとお聞かせをいただきたいと思います。

○藤井説明員(外務大臣官房人事課長)
 アフガニスタンの大使館につきまして現状を御報告申し上げます。
 前田大使は先般帰国いたしまして現在東京におります。残っておりますのが現在館員一等書記官をヘッドにいたしました五名、それから夫人が四名、計館員及び夫人九名が残留しております。
 今後の見通しにつきましては、アフガニスタンの情勢等を十分把握した上でどういうふうに館の構成等を考えていくかということを十分注意しておるところでございます。なお、館員の状況につきましては、現在物資等は一応不足なく、ぜいたくはできませんけれども入手できるという状況でございますし、安全につきましても十分注意はしておりますけれども、当面のところ、それほどの危険はないということでございます。

○上原委員 
 まだ一等書記官以下五名の方々がおられる、同時に家族も若干残っていらっしゃる、計九人ですか。その他の邦人はもう向こうにはいないわけですね。

○塚本政府委員 
 お答え申し上げます。
 先ほど申し上げました十九名の在留邦人中、館員は婦女子を含めましてたしか九名、残りの十名は現地人と結婚した商社員あるいは留学生で、もうそこに根づいたといいますか、そういうような方であります。

(以上引用終わり)
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 現在の私たちは,アフガニスタンでその後何が起こったかを知っている。
 で,私が考えたのは,「もうそこに根づいたといいますか、そういうような方」とされた「残りの10名」は,その後どうなったのだろうということだ。
 在アフガニスタン日本国大使館はその後もしばらく維持されていたが,1989年のソ連軍撤退後に閉鎖され,2002年に再開されるまで13年間,邦人の保護を行う体制はとれていない。現地人と結婚していようが,日本国民であることに変わりはないと思うのだが,「そういうような方」は保護に値しないのだろうか。それはともかく,もしその10名のなかに,その間をアフガニスタンで過ごし,今もアフガニスタンに住んでおられる方がおられて,話を聞くことができたら,それは大変貴重な話になると思うのだけど。

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