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増田俊也『七帝柔道記』(角川文庫、2016)【ネタバレ注意】 [本と雑誌]

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「初めての作家」3連発の最後に、すごい作品に出合ってしまった。早くもことしのベスト1確定かもしれない。ページをめくりながら、終わりに近づくのがもったいない思いをするのは久しぶり。

舞台は札幌、時代は昭和の終わりごろなのだけど、こういう世界が実在したのですね。"想像を絶する"という陳腐な表現しか思い浮かばないぐらいすごいことが、ふつうのキャンパスライフ(死語?)を送る一般学生のすぐ隣で行われていることに、まず驚く(体育会の他の部との比較も描かれているので、体育会だからということではないでしょう)。柔道部員の一人ひとりのキャラクターも、ていねいに描かれていて楽しめる。

かといって、選び抜かれた人々が世間から隔絶された高みですごいことをやっている、という描かれ方ではなく、ときどき出てくるふつうの学生やふつうの市民(これがまた魅力的)とのやりとりに、何ともいえない味わいがある。

また、小説としてすごいところは、凡百の青春小説にありがちな、そこそこのハッピーエンドをまったく用意していないところ。むしろ、どん底ともいえる状態で終わっている。それにしても、こういう終わり方ってありなんだろうか。未回収の登場人物や挿話がいくつかあるし…と思いながら解説を読むと、一応続編があるのですね。これは一刻も早く読みたい。

小説といっても作者の実体験を描いているので、エピソードの積み重ねに不自然さがなく、とても受け入れやすい。こうした場合、むしろ無数のエピソードのどれを採り、どれを採らないか迷うと思うのだけど、よく考えて選ばれているようで、「あるべきエピソードが、あるべき場所にある」感じがする。作者自身の経験が作品化されたという成り立ちは藤谷治さんの『船に乗れ!』とも共通しており、描かれている世界は全然違っても、特異な求心力という点では同じ印象を受ける。