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ジャン=クリストフ・リュファン『永遠なるカミーノ フランス人作家による〈もう一つの〉サンティアゴ巡礼記』(今野喜和人訳、春風社、2020) [本と雑誌]

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 スペイン巡礼の道を歩いた手記はたくさんあるのだけど、その多くは、ガイドブックの劣化コピーとは言わないまでも、単なる行動記録またはお小遣い帳になってしまっていて、「書いてあることは本当だと思うけど、なぜこの道を選んだのかとか、自分の内面がどう変化したのかとか、そういう深い部分がわからない」という不満があった。
 そこへこの一冊が登場。こういう本を待っていました。巡礼を肯定的にとらえつつ、同時に、その巡礼自体を批評してやまない(時として、それは同時に行われる)ところがいい。もっとも、華やかな話はほとんどないので、長い距離を歩くこと自体が大好きでないと、入り込めないかも。

 しいて残念な点を挙げるとすれば、エキゾチックなものや土俗的なものを「仏教的」のひとことで片づけてしまうところ。著者のような知識人でもこんなものだろうか。私にはむしろ、ここで「仏教的」と表現されたものの多くが、東方正教会的に感じられるのだけど。

(8.13追記)
本書の至るところに、気のきいたというか、そうだよなあと思わせる説明があるので、いくつか引用してコメントを。
(以下引用)
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私のしわくちゃで汚れて日に灼けたクレデンシャルを見ていると、祖父が戦時中の捕囚生活から持ち帰ってきた紙切れー配給券や診療票などーを思い起こす。抑留者にとってそれは無限の価値があり、どれだけ大事に身につけていたかと想像するのである。カミーノがこれと異なるのは、サンティアゴ巡礼が罰ではなう、自ら望んだ試練だということである。少なくとも本人はそう信じている。ただし、その考えは実体験によってすぐに覆される。カミーノを歩いたのは何ものかに強いられた結果だと、誰もが遅かれ早かれ考えるようになる(……)人は自由の精神を持ってサンティアゴに向けて旅立つが、ほどなくして自分も他の人々と同じく、単なる巡礼徒刑者さと思うようになる。(p.15)

巡礼路の最後の部分しか歩かないくせに、厚かましくもクレデンシャルを携えている連中のことを、真正の巡礼者たちはペテン師だと考える。フランスやその他のヨーロッパの国々から出発した巡礼者たちの、いつ終わるとも知れぬ旅と、何日間かだけ歩くウォーキングツアーが比べられるものか! こうした反応の中にはいくぶんスノビズムがある。けれども、カミーノを歩むにつれて、この考え方にもそれなりの真理があることを人は理解する。というのも、「本物の」徒歩巡礼者を作るには、時間が本質的な役割を果たすと認めざるを得ないからだ。カミーノは、〈時間〉が魂に働きかける錬金術である。それは一瞬で片付けることも、大急ぎでこなすこともできないプロセスである。何週間も徒歩で歩き通した巡礼者だけがそれを体験する。(p.17)

コンポステーラはキリスト教の巡礼ではなく、この事実を人がどう受け止めるかに応じて、それ以上のもの、あるいは、それ以下のものである。本来的にいかなる宗教にも属しておらず、実を言えば、中に込めたいものを何でも込めることができる。何かの宗教に近いとしても、宗教の中で最も宗教的でない宗教、神について何も語らないが、神の存在に人間を近づけてくれる宗教。コンポステーラは仏教的な巡礼である。思索や渇望から苦悩を解放し、精神から高慢を、身体から苦痛をすべて取り除く。事物を包む硬い殻を消し去り、事物を我々の意識から隔てる。自我を自然との共鳴状態に置く。(p.149)

ベルギーの若者は、巡礼者をほとんど見かけない自分の国とフランスを歩いたときのことを話してくれた。この二一世紀の初めに、至る所で思いがけず熱い歓迎を受けたという。村人たちは、果物や卵を頒けてくれて、コンポステーラで自分のために祈って欲しいと頼んだ。テレビとインターネットの時代に、巡礼者は思想や人間の交流を体現し続けている。メディアが代表し、警戒心やさらには不信さえ引き起こすバーチャルで速成の事柄と正反対に、巡礼者の動きは確かなものとして存在する。それは靴底にこびりついた泥や、シャツを濡らす汗によって証明される。信頼に足る存在である。(pp.182-3)

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(以上引用終わり)

同じ道を歩いても、考えることが人ごとに異なるのは当然なのだけど、カミーノが多くの人を惹きつける理由を最大公約数的に説明するとしたら、こんな感じになるのではないかと。

(8.23追記)
著者が歩いた「北の道」にくらべて、「フランス人の道」の盛況ぶりというか混雑ぶりが強調されているので、ハイシーズンに「フランス人の道」を歩くのはやめたほうがいいのだろうかなどと考えてしまう。

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