SSブログ

増田俊也『北海タイムス物語』(新潮文庫、2019)【一部ネタバレ注意】 [本と雑誌]

20200205.jpg

「こんな終わり方ってあるのだろうか」と衝撃を受けた「七帝柔道記」を読んでから3年弱、続編を待望していたが、これは続編といっても北大柔道部の話ではなく、お仕事小説である。ただし作者は、この作品にも「先輩」として登場する。もっとも、柔道か新聞紙面の整理かの違いはあっても、とことんやりぬくことがテーマになっている点はまったく同じである。

従って、普通に読めば、お仕事を通じて成長していく主人公が必死で仕事を覚え、独り立ちを果たす618頁以下のシーンがクライマックスなのだろうけど、私が感動するのはむしろ、そこから離れたところで行われる、ベテラン編集者どうしのこのような会話だ。単なるお仕事小説はあまり好きでないのだけど、こういう描写には惹かれる。

(以下引用。pp.523-4)
----------
「まだほとんど来てません。間に合うでしょうか」
「大丈夫だ。リードは三倍、本文は二倍でグリッド二段で流す」
「わかりました」
「横凸版は天地二十九倍、横百六十六倍、白ゴチベタ」
「了解です」
 二人は数少ない言葉だけで通じ合い、互いのレイアウト用紙も見ないで一気に線を引いていく。そして凸版指定用紙にさらさらと見出しを書いた。(以下略)
----------
(以上引用終わり)

高度専門職がその全力を傾けて問題解決に挑む様子、もっと雑駁にいえば、なんだかよくわからないけど凄そうにみえるところに感動してしまうのだ。

似たような例で、印象に残っているのが、例えばアーサー・ヘイリーとジョン・キャッスルの共著『0-8滑走路』(清水政二訳、ハヤカワ文庫、1973)のこんな会話。
(以下引用。p.59)
----------------
二番目の男は彼の肩越しに首をのばして、タイプに打たれていく字句を読んだ。ベルで呼ばれた男は空港の管制官で、背が高く痩せていた。彼は一生を大空で過ごしてきた男で、自分の家の裏庭のように、北半球の飛行情況にくわしかった。いや、裏庭で育てる野菜には失敗しても、こと空となったら知らぬことはなかった。彼は通信の半ばですばやく数歩退って、振り向きもせず、部屋の向こう側にいる電話交換手にいきなり命じた。
「航空交通管制局をすぐ呼べ。それからウィニペッグのテレタイプ回線をあけておけ。優先通信だ」
--------------
(以上引用終わり。内容が古めかしいのは、1958年の作品であるため。)

書いているうちに、もう一つ思いだしたのがこんな会話。徳永進『臨床に吹く風』(岩波書店、1990)
から引用する。
(以下引用。pp.219-20)
---------------
「酸素二リットル吸わせて。胸部X線写真の正面と採血。レントゲン技師と検査技師を呼んで。酸素吸う前に血液ガスを。それから、カットダウンを右大腿でするから、その用意して。点滴の本体は五%ブドウ糖500mlで」次々に当直の看護婦さんに指示する。呼吸音を聞くと、両肺に喘鳴がある。血液ガスの採血をしようと両腕をみると、浮腫がすでにありあちこちで針のあとが内出血している。DIC(血管内凝固症候群)をおこしているのではないかと疑い、「プロトロンビン時間(PT)、ヘパプラスチン時間(HPT)、アンチトロンビン-Ⅲ(AT-Ⅲ)、FDPそれにフィブリノーゲンも採血して」と言う。
-------------
(以上引用終わり)

調子に乗って大引用大会になってしまったのだけど、しかし、何だかよくわからない表現に接して、よくわからないけど凄そうにみえることに感動してしまうのは、変といえば変な話で、これは自分に、権威らしきものに弱い面があるからなのかもしれない。くわばら、くわばら。

  
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント