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第64回深夜句会(8/15) [俳句]

会場に使っている喫茶店は、アップルストアのはす向かいにあるのだけど、いつも締切間際に駆け込むので、そのアップルストアに寄れたためしがない。

(選句用紙から)

町ひとつこはれさうなる大夕立

ことしの夏は、これまでにない暑さと、ピンポイント的な雷雨の夏として記憶に残るのではないかと思うが、突然降り出して常軌を逸した降り方をする夕立のさまは、都会で移動中であったりすると一層目だたしく感じられる。この句も、以前なら「何を大仰な」と感じたかもしれないが、当節の激しい雨の重量感とでもいうべきものに対する恐怖感は、たしかに「町がこわれそう」と感じられる。

淡々と会議のすすむ雷雨かな

同じ雷雨でも、それを受け止める人間を観察した佳句。外は激しい雷雨で、雨の音や雷鳴が響き渡っているのに、会議が淡々と進んでいる。出席者の耳には(もしかすると目にも)雷雨のありさまは届いているのに、何も起きていないかのように会議が進んでいるのは、たぶんにその会議がフォーマル(悪くいえば形式的)であるからだろう。もっとくだけたミーティングだったら、出席者一同が雷雨のありさまで盛り上がり、ブラインドを開けて外を眺めたりしてしまうところ。そのような説明をしなくとも、そのように感得できるところにこの句の面白さがあるように思う。

白シャツと白Tシャツと秋暑し

白シャツと白Tシャツ、という組み合わせが面白い。大昔には「開襟シャツ」なんていうものがあって、夏にはそういう「白シャツ」を着た人が通勤電車にいっぱい乗っていた。一方「白Tシャツ」が市民権を得たのはもっと後になってからで、こちらは白Tシャツとジーンズの組み合わせなどが連想されよう。

しかし、以前のような、「夏服といえば白」という図式は最近あまりあてはまらなくなっている。実際、節電のためノーネクタイが容認されると、無地の白シャツはサマにならないので、かえって減っているようにも思える。そうすると、多数の白シャツと白Tシャツがいっしょにいる風景、とはどんな風景なのだろう。さきほどのような事情から、通勤電車はそこまで真っ白ではないし、学校の教室も、制服が白シャツだとしても白Tシャツが見当たらなさそう。甲子園のスタンドとかであろうか。

(句帳から)

朝顔の名札キラキラネームなる
上下線離れて夏の河渡る
韮の花白い花から白い角(ツノ)


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