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主役は音楽、とはいえ(『藤谷治「船に乗れ!1 合奏と協奏』)【ネタバレ注意】 [本と雑誌]

本当なら1と2の両方を読んでから書かなきゃいけないのだけど、2巻を読めば違う感想が出てくるだろうから、1巻を読み終えたところで書いておきたい。それほど気持ちのよい小説。

日本だけではないのかもしれないが、小説と児童文学のあいだー実際はそうではないのだが、まあ例えとしてーをちょうど埋めるようなジャンルがある。一応「青春小説」という名前がついているが、やや違和感があるのでここでは使わない。最初にこのジャンルに気付いたのは、川上健一の「宇宙のウィンブルドン」で、これはもう抱腹絶倒だったが、川上健一はその後も「雨鱒の川」「ららのいた夏」といった作品を息長く書き続けている。そしてもう一人、佐藤多佳子の「しゃべれども しゃべれども」。これまた独特の作品として印象に残っている(佐藤多佳子さんの公式ウエブサイトをさっきふと見てみたら、今まで読んだ本で好きなものとしてリンドグレーン『わたしたちの島で』・ランサム『長い冬休み』・ヤンソン『ムーミン谷の夏休み』をあげている。そういう人の作品なら、印象に残るのも道理だ)。「一瞬の風になれ」で佐藤多佳子を知った方、ぜひ「しゃべれども…」を読んでほしい。

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マクラが長くなったが、この作品もその系譜の延長線上にあるのだろうが、その充実感と躍動感はすばらしい。boy meets girlってのは永遠の定番テーマなわけだけど、そこにクラシック音楽がからんでくるわけだから、この時点でもう薮柑子的にはヒット間違いなしなのだ(ついでにいえば、「僕」はチェロを弾くのだから、もうこれ以上の設定はありえないぐらいだ)。

だがしかし、そうしたことを除いても、音楽家をめざす10代の男の子と女の子の物語をこんなに生き生きと紡げるのは、たしかな措辞の力があるからだろう。三浦しをんのような圧倒的な構想力や彫琢はここにはない。その代わりに、ちょっとした動作一つ一つからも、もぎたての果実のように香り高く新鮮に登場人物の心情が伝わってくる。

もう一つ、2巻を読まないうちに記事を書いておきたかったのは、主人公が何度も書いているように(この小説は、「私」の回想という形式をとっているが、その回想のなかの現在部分は、悔悟にも似たペシミスティックな雰囲気を漂わせている)、この小説がハッピーエンドでは終わらないことを明示しているからだ。いや、このまま終われば何だかベタ甘な小説ともいえるんで、このまま終わるわけはないのだが、この先へ進んでしまうのが惜しいぐらいこの第1巻は、誰もが通りすぎた、しかし思い出すのが難しい多幸感に包まれている。

この先はネタバレなのだけど、曲の選択が見事なことがこの小説の大きなポイントで、

♪ バッハ「無伴奏チェロ組曲」からプレリュード、アルマンド、サラバンド
♫ チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」から情景・ワルツ・チャルダーシュ
♪ ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第5番」から第1楽章
♫ メンデルスゾーン「ピアノ三重奏曲第1番」から第1・第2楽章

といった曲が「もうひとつの主人公」として出てくる。もう一つの主人公、とわざわざ書いたのは、それがアクセサリーや小道具としてではなく、これらをどのように演奏するか—個人で、あるいはオーケストラの一員として—がストーリーの骨格になっているからで、曲を聴いたことのある人なら、あるいはこの曲が好きな人なら、面白くないわけがない。そして、自分で楽器を演奏する・しないにかかわらず、登場人物が音楽に寄せる思いが行間から伝わってくる。何度も出てくる「音楽家だもん」「音楽家じゃないの?」「音楽家になれる」といったことばも、それをさらに強調している。

ということで、ヒットどころかひさびさのホームラン(クリケットなら「6」ですな)。このままいけばことしのベストワンかも…って、まだ2巻を読んでないんですが。




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